Detour

しばし...昭和にとどまらせて下さい...

2015年12月


街中にあるパン屋さんへ久しぶりに行きました。

昔、「○○ベーカリー」って名前がついていて新鮮でした。


ここはわたしが確か小学生の頃からありました。
家の近くにも支店があった気がしますが...もうありません。
それとも違うお店だったかな?



初めてクロワッサンとかデニッシュを食べて
何て美味しいものがあるんだろう...って
感動したのを覚えています。


お値段お高めのパン屋さんで小学生の憧れでした。


店内はクリスマス
昭和レトロなクリスマスツリーの飾りつけが...



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昭和レトロな最高級の飾りつけです(笑)
こんなツリーが一番好き。
今時のオシャレなツリーも良いけれど
変な顏したモールのサンタさんがついていたり
色んな色のライトがピカピカして
雪を表す脱脂綿がのっけてあったり...



袋は紙ではありませんが、模様はレトロ


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今は発酵バターを使ったもっと美味しいクロワッサンなんかがあるでしょうけれど
昔はこれが究極の味でしたね。


クロワッサンとタマゴドーナツを買いました。
美味しいです。普通に(笑)


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今のわたしは贅沢になりすぎているのかもしれません。


かつてメガネ屋さんだった所です。

看板がなんとも言えずレトロ

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商品棚です。


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ステンドグラスがメガネの模様になっています。
ほらね↓

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さりげなくてモダンで素敵です。



昔はほとんどの町のお店がそうでしたが
家の前はお店で後ろは住居。

お店の奥を覗くと生活感が垣間見えたものです。

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そんなお店の構造上からも
坪庭や裏庭があるおうちが多かったです。


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ちょっとじめっとした空間でしたが
これがないと息がつまる感じがしますね。


どこのお店にもこんな熊手が飾られていた気がします。


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母も商売をしていましたが
こんな風な飾り物はほとんどしない人でした。

昔は町のお店がたくさんあって
そのお店の子供は
「パーマ屋さんちの子」とか「畳屋さんちの子」とか呼ばれていました。

皆小さいながらも看板しょっていたんですね。


わたしも幼稚園の頃までは
母が自宅の前でも洋裁店を出していたことがあって
「洋服屋の子」と呼ばれていたと思います。

母が大人用の生地の残りで仕立ててくれた服を着ていました。

看板しょわされていたんでしょうかね(笑)


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ずっと応接間にあった時計です。

動いているのを見た時がありません。
物心ついてから止まったまま

飾りとして置かれていました。


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空の雲のような綺麗なデザインです。


文字盤
SEIKOUSHA

セイコーの時計ですね。


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ラインのような模様。
これももちろん石でできてます。
どうやって作ったのでしょうか?


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裏に結婚記念のお品として
送っていただいた父のお友達の名が...
もう故人の方がほとんどかもしれません。


時の流れを感じますね。
でも石の部分は全く痛むことなく堂々としています。


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実は父と母の結婚記念日をこれで最近始めて知ったんです。

母は自分の結婚記念日なんて一切口に出したことがありませんでした。
正直、仲の良い二人とは言い難かったですね(笑)


それも今となっては昭和を生きた二人の夫婦の形だったと思えます。



それにしても重い重い時計です。


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母は病気で倒れてから体が不自由になりました。

自分でできることがほんの少しになり
認知能力も落ちてしまいました。

倒れる瞬間まで元気に買い物していたのです。
突然でした。


車椅子の生活になった今も母はとてもチャーミングです。

今の状態の母を見て
わたしは初めて

「母は綺麗だな。女の人は綺麗な方がいいな。」

と思いました。



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なぜかはわかりません。

元気な時の母の方が綺麗だったに違いないのですが...
その時はそう感じませんでした。

今の不自由で不完全になってしまった母に接して、

しみじみそう思います。



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わたしの母は洋裁をしていました。
若い頃独立して小さな洋裁店を40年近く営んでいました。

お針子さんが数人だけの、大通りから一本入ったところにある
目立たない小さなお店でした。

もう20年以上前に閉めてしまいましたがまだ建物は残っていました。


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この建物の一階の前の部分を借りていたんです。
白いカーテンがかかっているところがそうです。



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一階の奥と二階は大家さんが住んでいました。



こちらの大家さんとの共通の玄関から入って
すぐ右に木の扉があってお店と通じています。


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この扉を開けてすぐ右に行くんです。
お客様以外はこちらから出入りしていました。


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間借りのお店でお手洗いも水道も大家さん家のをお借りしていたので
母はいつもずいぶん気を使っていました。


小さなお店でしたがやはり経営するのは大変で
母は一年365日仕事でした。

あの時代、母は曲りなりににも女経営者で
小さな成功はしていたと思うのですが

わたしには、
自分が働いていて、しかも洋裁店を経営しているということは
人にあまり言わないようにいつも言っていました。

悪いことをしているどころか
立派だったと思うのですが...。

でもなぜか肩身が狭い感じを漂わせていました。


今では立派なキャリアウーマンとして認められると思うのですが
時代なのでしょうね。

あの頃は、女のひとは家にいるべきという風潮でした。


母は早く生まれすぎました。

今の時代を生きさせてあげたかったです。





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間違いなく昔、食べたことあります。
デパ地下で見つけました。

懐かしいお菓子のワゴンのコーナーです。
コーヒーサンドを見つけた所です。


ちょっとブームなんでしょうか?
けっこう人気があって夕方遅くなると売り切れてます。

レジのお姉さんが「わたしもつい買っちゃう。」
って言ってました。


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このピンク...
不自然さが昭和レトロです(笑)

ウエハスとカステラの間に薄くクリームがはさまってます。

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食べるとこれが結構美味しいんです。

そんなに甘くなくウエハスとカステラの食感が絶妙で
味のバランスも良いんですよ。

売り切れてしまうのがわかります。


牛乳と一緒に食べるのが昭和の子供のおやつなんですよね。



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もうすぐクリスマス
教会を訪れたくなります。

街中にある「カトリック教会」
ずっと前からあります。


20代の頃ここで結婚式をしたいと思っていたんですけどね。

教会でウエディングドレスの式に憧れてました。


わたしがお年頃の頃は
地方都市では教会の結婚式はまだ珍しかったです。

お式は神前でお着物というのが一般的でした。



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マリア様お久しぶりです。
あの頃もここにこうしていらっしゃいました。



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優雅で上品なお姿。


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わたしも男の子を二人産みました。
こんなに優しく接したことはなかったかもです...(笑)

なぜかいつも余裕がなくて、怒ってばかりいたような記憶が...
悔やまれますね。
今思えばあんなに可愛かったのに。


教会に隣接した幼稚園
ここに子供を入れる予定だったんです。
しかも子供は女の子のつもりでしたね(笑)



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人生全て予定外でした。

そんなものなんでしょうけれど...




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懐かしい菓子パンを見つけました。

食べたことあったような...なかったような...

「コーヒースナック☕」

デパ地下に懐かし食べ物コーナーみたいなワゴンがあるんです。



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包装のデザインがレトロ


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中にホワイトクリームが入っています。

食べてみると甘くて...
こんなに甘かったかな...?


覚えている昔の味って、記憶の中で変わってしまうのかもしれませんね。


昔は美味しい物って少なかったです。
甘い=美味しい、だった頃がありました。

記憶の中で反芻するだけの方が良いのかもしれませんね。


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はじめまして


思い出がいっぱいある年齢になりました。

過ぎ去った時を思うと
忘れ物をたくさんしてきた気がします。


今一度
昭和を生きてみたくなりました。


ここにわたしの昭和を
記録しておきたいと思います。


2015年 熊蟄穴(くまあなにこもる) 12月12日頃





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