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リハビリは進まぬまま
あっという間に
急性期病院に居られる三ヶ月は
過ぎてゆきました。


入院したのは真夏でしたが
季節は冬へと向かっていました。



夜まで面会が可能な病院でもあり
場所は通いやすく
わたしは一日に二度くらい
顔を出すようにしていました。


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母は自分で体の向きも
自由に変えられません。

でも
意識ははっきりしているので
回りの景色を見たりして
気分転換や認知能力を高めるため
電動ベッドの背を上げて
座らせてもらっている時があります。


しかしながら
極たまにですが
頭が徐々に横にずれて
そのまま横倒れになってしまい
母にとってかなりしんどい体勢に
なってしまうことがありました。


体の自由が効かない母は
ナースコールを押すことも
大きな声を出すこともできません。


誰かに見つけてもらうまで
そのまま我慢しているしかないのです。
 

二回くらい
そんな状態の母を
たまたま見つけて
助け起こしたことがありました。


その時、母は
「おまえ、助けに来てくれたんか。
ありがとう。ありがとう。」

泣きそうな顔で言いました。

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もちろん看護師さんは
巡回していてくれて

大部屋だった母の部屋は
状態が落ち着いてきた
高齢の方ばかりでしたが
扉を開け放してあり
看護師さんたちは
通る度々
皆の状態をチェックしてくれてます。


だから
わたしが見つけなくとも
ほんの少し後には
誰かが必ず見つけてくれるはずです。


看護師さんたちは
わたしの顔を見ると
必ず母の様子を教えてくれたり
親身になって話をしてくれます。

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しかも
ここは急性期病院
救急車でどんどん患者さんが運ばれてくる
命の砦の病院です。


お医者さんも看護師さんも
120%の忙しさで
働いていて
これ以上一人一人を
細かく見守ることなんて
不可能な状態です。
限界なのです。


病院も信頼できます。
誰かに文句を言う気なんて
さらさらありません。
 

ただ
「自分が気になってしょうがない」
のです。

「わたしが何とかしてあげなくちゃ。」


この気持ちは
母の介護が終わるまで
わたしを支配し
縛り付けていました。




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