母は小さな洋裁店を経営していたので365日仕事です。
生まれた時からそうだったので
わたしたち姉妹は特別なことだと感じてはいなかったのですが
あの時代、家にいるお母さんが多かったせいか
母は母なりにわたしたち二人の放課後を心配していたようです。
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祖母がいたので鍵っ子(死語?)ではありませんでしたが
祖母はそんなに口うるさいおばあちゃんではなかったので...
学校から帰ると好きなだけおやつを食べ、
夕方まで外で遊びほうけて(笑)
好きなテレビを続けさまに見て
眠い目をこすりながら宿題を...
多分あの頃の普通の小学生の生活だったのかもしれませんが
母は目が届かない分不安だったのでしょう(笑)

わたしが小学校高学年のある日突然
「塾に行きなさい。」
と突然言い渡されました。

もちろん二歳違いの妹もいつものようにセットです(笑)

母は何か決める時、いつもこのパターンで(絵の教室の時もそうでしたが、笑)
私たちには一切相談なし。
商売をしていて、顏がわりと広かった母は
誰かに聞いて勝手に決めてくるのです。

その塾は少し遠くて、バスでいくつか乗り、
小学生が歩くにはふさわしくない、ちょと飲み屋さんの多い
細い商店街を5分歩いたところにある塾でした。
自宅の周りにはほとんど塾なんてない時代です。
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塾が終わる頃、店から帰る母と待ち合わせてバスで帰ったりしてました。
あの頃の地方都市の小学生には珍しかったでしょうね。
もう暗くなったバス停で母と待ち合わせて帰るのは...
でもわたしたち姉妹にはそんなに違和感はありませんでした。
子供ってそんなものかもしれません。
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街中にある塾でしたが、その近隣の子供たちが多く通っていたので
ちょっと新しい世界が広がった気がしましたよ。
わたしの住んでいる地域は住宅地で
その頃は田んぼや畑も残っていてのどかなものでしたから
本当の街っ子たちは、ちょっと大人びて頭が良いような気がしましたよ(笑)
この急な流れの小さな川の音が聞こえてくる曲がり角に来ると、
もう塾がすぐそこなんです。
ゴウゴウとけっこう大きな音をたてて流れているんです。
憂鬱な気持ちが高まってきますね(汗)
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このブログを書き始めてわかったことなんですが
わたしは川や水路の水の流れる様や音が記憶を呼び起こしてくれるんです。
記憶だけではなく、すっかり忘れていた遠い遠い感覚や、感情までも...
わたしの住んでいる地域は川や水路が多い地域なので、
特にそう感じるのかもしれませんが...

さあ、思い切ってこの角を曲がりましょう。
あ~、見えてきました。ありました。
なぜでしょうこんなに時間が経っても、もうあの塾で勉強しなくちゃいけないわけでもないのに
あの時のいや~な感覚が胸の奥に甦ってきますハハハ...
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この信号まで来るともう目の前なので諦め、というか腹が座るんですがね。大げさ(笑)
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昔のままです。一階が塾で、二階が先生のご家族が住んでいらしたと記憶しています。
でも、もう、どなたも住んでいらっしゃらない感じですね。
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この扉を開けると畳のお部屋に長机が置かれていて寺子屋みたいになってます。
そこで宿題をしたり。プリントを頂いて丸をつけてもらったり、
最後に先生の授業があったり...当時としては革新的(笑)
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2~3年通ったでしょうか...
基本、塾に向いている姉妹じゃありませんでしたし(笑)
案の定、妹が真っ先に大胆にさぼり始め、
わたしだけが仕方なく残り、そのうち二人とも辞めてしまいました。
ここでも妹は嫌なものは嫌なのでした。
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でも、思うのですが
わたしも母と同じように息子たちにはお稽古を勝手に決めて、押しつけた感がありますね。
水泳、空手、サッカー、バスケット、etc
母が勝手に決めたお稽古に嫌々なのか何なのか
訳も分からず通っていた自分がいたのも忘れちゃったんですね。
本当、身勝手なものです。
今頃実感してます。ゴメンね(笑)


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