オリンピックがもう終わってしまいましたね、
運動神経がゼロのわたしには
オリンピックの選手の皆さんは神様のような存在です。
毎日、素晴らしい活躍に感嘆し、感動をいただきました。

新体操のフェアリージャパンのリボンの大技が残念ながら決まりませんでした。
この日に向けて5人でどんなに努力を重ねてきたのかと思うと胸が痛みました。
どちらかと言うとわたしは
残念だった人たちのことの方が
ずっと心に残ります。

わたしが新体操に興味を持ったのは1988年のソウルオリンピックの時からです。
1988年は昭和63年
もう昭和の終わりの年でしたね。
長い昭和の時代、最後のオリンピックでした。

たまたま見ていたテレビで
「妖精たちの故郷、ブルガリア」
というNHKの番組で新体操のブルガリアチームの特集番組を目にしました。

その時、メインに特集されていた「ビアンカ・パノバ選手」に魅了されたんです。
(画像お借りしました)
まさに白い妖精です。
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今の新体操の雰囲気と違いますね。
ユニフォームも清楚で今の新体操のきらびやかなレオタードとは全く違います。
わたしはこの頃の新体操が大好なのですが...

ソウルオリンピック金メダルの最有力候補でしたが
クラブの大技を予選で失敗してしまい、逃してしまいました。
決勝でその技を成功させて完璧な演技をした動画がありました。

画質は悪いですが清楚な美しさと
全てをかけた演技への気迫はじゅうぶん伝わってきます。
透明感とはこのことでしょう。
これ以上透明感を感じさせる人に会ったことはありません。

「妖精たちのふるさとブルガリア」は
番組のVHSビデオ(古っ)で録画したものを持っていたので、
もう何十年ぶりに出してきて見てみました。
忘れていた遠い感動。
その時のままよみがえりました。
ネシュカコーチとパノバの厳しくも温かい魂の交流が描かれています。
(画像お借りしました)
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パノバの朝ごはんです。
(番組より画像お借りしました)
はちみつをかけたクルミとチーズ50g、コーヒー一杯
これで午前中いっぱい過酷な練習します。
わたしなんて一日、なん~にも食べなくても良い、と思ってしまいますよ(笑)
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かみしめるようにチーズを食べるパノバ選手の表情が印象的でした。
体重制限に耐えられなくて脱落する選手も数多いそうです。
そうでしょうね。
練習するという前の体づくりでさえ血の滲む努力です。
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番組の中で心に残ったパノバの言葉を自分のためにアップしておきます。
今も同じように感動しました。
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華奢で儚げな妖精に努力と涙の本当の意味を教えてもらいましたよ。


あと、その時以上に感動した言葉
「ネシュカコーチから何を学びましたか?」
と問いかけられた時のパノバの答えです。
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50代になった今こそこの言葉が重いです。
...ちょっと遅すぎるかもしれませんが
これから死ぬまでの自分の座右の銘にしたいと思いますよ(笑)

今はインターネットで何でも情報が得られますが
あの頃は新体操の情報なんて何もなく
「スポーツアイ」という雑誌を買ったりして見ていました。
もう、その雑誌もずいぶん前に廃刊になったようですね。

パノバ選手の現在を調べてみました。
引退後結婚し、男の子が二人いるそうです。(そこだけ同じ。笑)
ベルギーで指導者をしているそうです。

2009年秋、母国の人気番組'Dancing Stars'に招かれ、出演。
久々に母国の人々に姿を見せ、
 決勝では視聴者の票を最も集め優勝したそうです。
いつまでも皆の心に残る選手なのでしょう。

そのダンスの動画もたくさんありましたが、
儚い妖精とは雰囲気が全く変わっていて
貫禄ある美魔女という感じでしたね。
そりゃあ時は流れますよ(笑)

これは指導者としてのパノバのお姿
多分40代だと思いますが、
スタイルのよさは全く変わっていません。

ずっと新体操にかかわる仕事をしているパノバ。
原点はソウルオリンピックの頃の
ひたむきに努力するパノバなのだと思います。

昭和最後のオリンピックで
わたしが出会った
忘れえぬ白い妖精でした。


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