Detour

しばし...昭和にとどまらせて下さい...

カテゴリ: 母の介護時代




↑この記事の続きです


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆




病院から家に戻ってきても
また母が意味不明なことを言い始め
騒いだらどうしよう...と思ったら
その日はほとんど眠れませんでした。
あんな母を見たのは初めてでしたし...




玄関前のサンシュのお花が咲き始めました。
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その晩、病院から連絡はありませんでしたが
朝、様子を見に行きました。



その日の午前中からリハビリが始まるので
母の様子が気になりました。


病院に出向き
看護師さんにお尋ねすると
その後、せん妄は起きなかったようでした。


そして
母はそう変わった風でもなく
リハビリ室では笑顔を見せてはいました。


でも、娘のわたしから見たら
明らかなお愛想笑いだとわかるのです。


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そう
母はある部分は
全く前のままの母。


母はまだ自分の体が
完全に自由を奪われているということを
受け入れることはできてはいないのです。


当然だと思う。


長い意識不明の状態から目覚めて、
徐々に色んなことがわかってきて
自分の持ってる自分のイメージとは
全く違った自分になってしまっているのだから。


自分でトイレに行くなんてもちろん
寝返りすらできない。


多少、認知能力が落ちている事が
むしろ救い。


とにかく母は昔から
人に頼ることが何より嫌いな人なのです。


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リハビリ室で
黒坊くん(母の担当の年長者の方)が
母のリハビリを担当してくれて
声をかけて一生懸命やってくれました。


「家族の方がリハビリに付き合ってくださるのは大歓迎」
とのことだったので
一緒にいて寝返りの練習や
背もたれなしに座る練習に付き合いました。


母は療法士さんたちの前では
「よろしく。」とか「どーもありがとう。」
と笑っていましたが

ベッドに戻りわたしと二人になると
本当に疲れた表情になりました。

何だかその様子に危機を感じ...

「明日も来るから、一緒にリハビリに行こう。」
とわたしが言うと
力なく頷いてくれましたが


何だか一人にはしておけず
母が眠るまでそこにいました。
情緒不安定になって
またせん妄を起こしたりしたら
大変ですし。




クリスマスローズ
今年もたくさんお花をつけてくれるかな...
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その日は初日。


まずは
一日のリハビリのルーティーンに
慣れてくれれば
きっと何とか上手くいく


そう信じて頑張るしかありません。



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母がリハビリ病棟に移り
その日するべきことが終わったら
もう夕方になっていました。



ベッドに戻った母も
新しい環境で一日忙しく過ごしたせいか
ウトウトし始めたので
わたしも実家にもどることにしました。



午前中早くから来ていたので
さすがにわたしも疲れました。




リハビリ病院まではバスを乗り継いで一時間はかかります。
やっと家にたどり着いた頃
突然わたしの携帯電話が鳴りました。
病院からでした。



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びっくりして出ると
その日の病棟の担当の看護師さんからで

「お母さんが不穏な様子なので来てください。」
とのことでした。


タクシーを呼んで
すぐにかけつけました。


母のベッドまで行ってみると
母の目つきは険しく、興奮したようで顔は赤く
わたしの顔を見るとすぐに眉をひそめて
「事件だよ。...男の人が来た。あの扉の所...警察を呼ばなくては...」
と言い始めました。


「どうしたの?どうしたの?」
と聞きながら
こんな異様な母をみたのは
初めてだったので
わたしは本当に驚きました。



その日の夜の担当の看護師さんが見えて
「興奮がひどくて、娘を呼んでくれ、警察を呼んでくれ。
というので申し訳ないけれど来ていただくよう連絡しました。」
と言って困った顔をされていました。



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今までも急性期病棟で看護師さんに
妙なことを言い(笑)
報告を受けたことはありましたが
多分こんな状態では
なかったのだと思います。



わたしはお詫びして
落ち着くまでずっと母の傍で座って
話をし続けました。


どのくらいの時間だったかな...
忘れてしまったけれど
実家に戻ったのは
完全に夜でした。


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「せん妄」と呼ばれるものだと思います。

後で入院している高齢者に起こりやすい現象で
部屋を移動したり、ベッドの向きが変わったり
そんな些細なことだけでも原因となり
夜起こしやすい症状だと知りました。


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意識不明の時は
目が覚めたらそれで良いと思っていたのですが



母の内面性が変わってしまったのだと感じ
ショックが大きく哀しかったです。


くも膜下出血で倒れるまで
母はしっかりしすぎるほどしっかりした
おばあさんでした。



これ以来、母が別人のようになってしまう瞬間を
度々、垣間見ることになります。





朝起きたらユリがまた二つ花開いていました。

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もっとゆっくり花開いてくれれば良いのに...





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↑間があいてしまいましたが
この記事の続きです。

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リハビリ病院入院当日
ベッドの空きがなく 
療養型病棟に入ることになってしまったのですが
次の日の午前中リハビリ病棟に
移れることになりました。



久しぶりに産直所でユリを買いました。
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二月は父と母の誕生月です。





次の日、朝早く
母のベッドに行ってみると
もう病棟を移る準備ができていて
母の担当の
療法士さん二人が
迎えに来てくれました。


一人は30歳を少し過ぎたくらい
もう一人は25歳くらい
若い独身男性たち。
二人とも立派な体格で
力持ちそうです。


30過ぎの方は
屋外でスポーツでもされているのか
日焼けして色が真っ黒。

もう一方の若い方は
色が雪のように白く

オセロのような黒白コンビ
対象的で
笑ってしまいました。
(心の中でね。)

それ以来、わたしは
二人を
「黒坊」と「白坊」
と呼んでいましたの。
(心の中でね)


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リハビリ病棟は綺麗で明るく
気持ちが晴れました。
下見に来て決めた時
それが大きな理由の一つでした。
 


移動当日は
これからのリハビリ計画の説明があり
午前、午後と
リハビリ室でのリハビリがあり
(担当、二人が交互に担当)
時間になると
ベッドまで迎えに来ていただけます。


一日一回は
摂食嚥下訓練・言語訓練
もあるということ。


時々は皆で集まって
レクリエーションのようなものもある。


話を聞いて
これだけしていただければ
少しずつ良くなる気がしました^^


そして師長さんからは
早めに介護認定を受けるように
連絡を取ってください
とのことでした。

その他事務手続きもろもろ...

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母は急に新しい環境になり
戸惑っている様子でした。


でも、皆さんに頭を下げて
笑顔をみせていました。

ずっと仕事をしてきた人なので
その様子は
お客様にご挨拶している様子に似ていて

リハビリ室にはたくさんの患者さん、
療法士さんたちもいて賑やかです。

刺激のある環境で
認知機能も
しっかりしてくれるといいな...
と願いました。


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急性期病棟から
たった一日だけ療養型に入院
そして次の日の午前中にリハビリ病棟へ



その環境の大きな変化が
大病した母には負担だったかもしれません。






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看護師さんを全く見かけないまま
呆然と母の横に座り続けて

どのくらい時間が経ったかな...

突如、
リハビリ病棟の師長さんらしき人が現れ
もにょもにょ理由を話し始めました。
(後でわかったことだけれど
リハビリ病棟の師長さんではなかった。
結局誰だったかは全く不明)



何だか...
急なことがあってお部屋の調整が
うまくいかなかったとか何とか...

一瞬、心によぎる
「本当〜...( 一一)?」



そして、明日の午前中には
リハビリ病棟の方へ変われる
とのことで
安心したけれど...

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だったら
今日、午後からの転院だったのだから
午前中に急性期病院の方に
「明日の転院にしてください。」

連絡してくれたら...?


急性期病院の方は
まだ滞在日数に余裕があったのだから
明日の午前中の転院でも
全く問題ないはず....


それって難しいことなのかしら?
病院間
ソーシャルワーカーさん同士?かな?
そう密に連絡取り合ってる
ものでもないのかも?

忙しいですしね。


それにしても
倒れて以来、初めての移動だったので
母にはけっこうな負担でした。


いずれにしても
病院の事情ちゅうもんは
わたしにはわからんの
┐(-。ー;)┌ゼ〜ンゼン


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わたしが取急ぎ
オムツの交換をお願いし
お薬、栄養のことなど
お聞きしたら

お詫びしてくださり
すぐ対処して下さいました。

良かった(*^^*)



もう夕方になっていたので
わたしは実家に戻ることにし


明日、病棟を変わる午前中に
再び来ることにました。

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前の病院は実家からアクセスが
とても良かったのですが
今度の病院はバスを乗り継いで
一時間くらいはかかります。


帰り道とても遠く長く感じました。



病院という所は
アクシデントの連続なんですよね。
患者さんは人間
しかも弱っている方ばかり。



予定通りにいかないのは
当然なのでしょう。


けれど...

初日から
疲れ果ててしまった
リハビリ病院生活の
はじまりでした。



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リハビリ病院に着き
母を車いすで押しながら
入院の手続きをするために
受付に向かいました。



まずは外来で担当医の
診療と検査がありました。

終わると
リハビリ病棟ではない
古~い病棟に案内され

「リハビリ病棟に空きがないので
今日はここにいてください。」

突然言われました。



今年初めて関東地方にも雪...
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なんと
リハビリ病棟に空きがない
と言うのです。

...???  えっ?
入院の日取りも時間も
このリハビリ病院が指定してきたものです。
全てそれに合わせて
行動してきました。



そして
看護師さん二人で
ベッドの上に母を移動させたら
後は完全に放置状態になりました。


だ~れも出てきてくれません。


そこは四人部屋で
動くどころか言葉を発することができる患者さんは誰もいなく...
シ~ンと静まり返っていました。

療養型病棟という所だったと思います。


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わたしは母のベッドの横に座り
荷物を床に置いて
ボーゼンとしていました。


母が不安そうな顔をするので
事情を話して笑おうとしましたが
笑えませんでした。
ダメなわたし...orz


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おむつも前の病院の看護師さんに替えていただいてから
もう何時間も経ってる。

触ってみるともう限界。

ベッドを汚すといけないから
わたしが変えようか?


上手くできるかな...
でも
今日のお薬や栄養はどうなるんだ?

本当に今日だけなのか??
いつリハビリ病棟に移れるの?


頭がモヤモヤモヤ~~~(@_@。
不安、不安、不安


かなり長い時間そのままの状態でした。
どのくらい時間が経ったかしら...

母は疲れからかウトウトし始め
わたしは担当の方と
きちんとお話するまで帰れないと思い
気をはっていましたが
だんだん疲れ果ててきました。

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そう。
今、思えば
まずは
ナースコールを押してみれば
良かったのかもしれない(笑)



こういう場合は、待ってるのではなく
こちらからアプローチしていかなくてはいけなかったのですよ。


病院の方は病院の都合に合わせるのは
当然のことなのかもしれなし
母は多くの患者さんの中の一人。
忘れられていそうなら
こちらから動いて問いかけていかなきゃです
...(-_-メ)ファイト



しかしながら

予想外の展開に
わたしは混乱し
失望し始めていました。





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今日はもう二十三日
二月まであと一週間ほどとなりました。

お正月気分も完全に抜けた頃でしょうか...


実家のある町は今年は雪深く....
ライブカメラでチェックすると...

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う~ん、雨になっているのでしょう。
雪は溶けきてるみたい。


わたしの幼いころ
一月、二月はた〜んまり雪が降っていたので
そうビックリはしませんが
実家の前は雪がうず高く積まれているのでは??と思います。
空き家になっている実家は
誰も雪かきに参加できず
ご迷惑をかけているのだから
かまいません。


雪国では雪かきした雪を
どこに置いておくか...
大問題なのですよ。



お正月飾りの繭玉を見かけたので
思わずお写真撮りました。

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わたしはお正月飾りの中で
繭玉が一番好き

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可愛くて華やかで(#^^#)


それにしても
実家のある町の
春はまだ遠いね。

帰りたいです。

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;

新年、
小正月も二十日正月も過ぎましたので
ボチボチと母の介護記録の続きも
思いつくまま
書き始めたいと思います。


急性期病院のことを書く時は
思い立ってすぐに書き始められたのですが


リハビリ病院のことは
書き始めるのがなぜか億劫。

多分、
リハビリ病院ではあまり良い記憶がないからで...


急性期病院の記憶は
母が倒れ、手術をしたという
どう頑張っても避けることはできない
ウルトラショッキングな出来事から
始まったわけなのですが

意識不明の状態から目を覚ましてくれたという事実


最悪の時期を切り抜け
退院した時の方が
状態が良くなっていたわけですし


スタッフの方々への
感謝の気持ちが込み上げてきて
一気に書き上げる意欲が湧いてきたのですが



半年間入院したリハビリ病院に関しては
わたしの期待が大きすぎたのか
がっかりしたことばかりが思い出され


結論から言うと
入院前より退院する時の方が
良くない状態だった...
という事実がありました。


でも
思い出したくはないものの(笑)
なかったことにはしたくなく
自分の中の記録としてブログに残しておきたい
気持ちはあって
その頃のお写真を探しながら
ぼ~ちぼち
書いてゆきたいと思います。




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転院先が決まった頃
お世話になった担当医から
お話がありました。

「リハビリをしても色んな機能が回復することは難しいかもしれない。」
とのことでした。

高齢だし、重症だし、意識不明だったし...
頭の片隅ではわかっていたことなのですが
これから本格的にリハビリが始まると
希望を持っていたところだったので
ちょっと気持ちが折れました。


うちは祖母が98歳まで生き
晩年、20年以上臥せっていて
最後の10年くらいは完全な寝たきりでした。

その時、褥瘡に悩まされていた姿が
頭に焼き付いていたので
何とか少しでも動けるようになって欲しかったのです。


たくさんの患者さんを見てきている先生や看護師さんたちは
予後の察しがついてしまうのでしょうね。


しかしながら
知らないということは素晴らしい(笑)
わたしはまだ希望を持っていました。


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大部屋に入院中
母のお向かいのベッドのおばあちゃんが
末期がんのために亡くなりました。

看護師さんに
髪の毛を三つ編みにしてもらったりしている
可愛い(*^^*)おばあちゃんでした。

80歳を過ぎたご主人がまだ現役で働いていて
娘さんがすぐ近くに住んでいて
もうすぐひ孫さんが生まれるという...

わたしの目から見たら
理想的環境で老後を送っているかのように見えた
おばあちゃんでした。


おうちも近くなので
時折、ご主人様が顔を見せ
お仕事をしていると思える娘さんも
ポチポチ面会に見えていたのですが...


わたしが行くと

いつもいつも話しかけてきて
「寂しい、寂しい、」
と言うのです。


寂しさというのは
その人にしか
わからないものなのですね。


一人ぼっちになった時
そして動けなくなった時
そして最後を悟った時
自分を支えてくれるのは何なのかな?

あの時のおばあちゃんを思い出し
今でも時折考えます。



答えは出ませんが...

私の場合、
まだ見ぬ天国を思ってウキウキする自信はないから(笑)

やはりこの世での
「思い出」
かもしれません。




退院の日を迎えました。
良いお天気でした。
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病棟の看護師さんたちが
笑顔でエレベーターの前まで送って下さいました(ノ´∀`*)

皆様、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。



☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚

無事年内に
わたしも急性期病院を退院できました(笑)
ブログに書いたことで
私の心の中での置き場所が決まった気がします。


重たい話にお付き合いいただきまして
すみませんでした。


リハビリ病院、施設での介護時代は
長かったので、一気に書けない...(+_+)
来年からぼ~ちぼちと
思い出すまま
書き残しておこうと思います。





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急性期病院は
三か月を一日も過ぎて居られません。

リハビリ病院を探し始めました。
そう時間がありません。


病院のソーシャルワーカーさんに
お尋ねすると
(車椅子で母も同席したりして)
いくつかリハビリ病院を紹介して下さいました。
どれも誰もが知る大きな病院ばかりです。


「母は高齢だし症状が重いので
どこが適しているでしょうか?」

とお聞きしましたが
自分で訪問して、見て決めてください。

ということなので
いくつか回りました。

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まず病院に行ったら
リハビリ病棟の看護師さんに
母の状態をお話しします。


寝返りは自分で打てない。
栄養は口からだけでは補いきれてない。
車椅子には一時間以上
乗っていられるようにはなった。
感情は乱れることはあるけれど
意識はしっかりとしている。
ちんぷんかんぷんの部分はありつつも...
会話は成り立ち
認知能力は戻りつつある。


そして受け入れてくださることができるか?
いつからか大丈夫か?

お聞きします。



リハビリで有名な病院は
若い方の交通事故など
すぐにでも社会復帰しなくてはいけない方が
メインだと思い
避けることにしました。


リハビリ病院は最長6ヶ月居られます。
明るい感じがして
年寄りの重い症状の人でも
目をかけてもらえそうな所

大部屋で息がつまりそうになった時は
個室に移れる

など考慮して
遠くはなりましたが
「ここが良さそう」
と感じた所に決めました。


でも
そのリハビリ病院は
想像していたのと全く違っていて...orz
正直思い返すと辛いです。

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そして
急性期病院を退院した後、
まだ病み上がり?というか
普通の状態とはかけ離れている母を
30分以上かかるリハビリ病院まで
どうやって移動させるか...

そんなことも
不安でした。



ソーシャルワーカーさんにお尋ねしたら
「私どもから紹介できるのは
こちらですけれど。」

一か所電話番号を教えていただき
何もわからないうえに時間も迫っていたので
そこに電話してお願いしました。


そしたら移動当日
ベッドごと寝たきりの患者さんを運ぶような
大型のバンが来て(*_*)
その真ん中にぽつんと母の車いすを固定し
運んでくれましたが
なんと料金は三万円でした(-_-;)


あとで介護タクシーなら
3000円以内で行けたことがわかり
正直すごくショックでした。


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わたしは実家での介護ではありましたが
30年くらい実家のある町から離れていたため
繋がりが全くなくなっており
「知っている人なら当たり前に知ってます」
という情報に
全くたどり着けなかったことが
悔やまれます。


その地域で
介護経験のある方、関係する仕事の方など
聞けるツテがあれば
情報やお知恵をいただけると
違うかもです。


わたしがその時
ソーシャルワーカーさんから聞いた内容は
インターネットで調べたら
わかることばかりでした。
(いや、むしろそうした方がより色々わかったかも)

ただ、今は色々進化していると思います。
もうこれはブログを始める6年以上前のお話し。
介護はもっともっと社会問題になっています。




まぁ...後、介護にとって
大切と言えることな
「運」?かな~~?(笑)


介護や医療は
人と人との関わり合いそのものですからね。


今振り返っても
神様に感謝する出会いも
いくつもありました。




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☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚


リハビリは進まぬまま
あっという間に
急性期病院に居られる三ヶ月は
過ぎてゆきました。


入院したのは真夏でしたが
季節は冬へと向かっていました。



夜まで面会が可能な病院でもあり
場所は通いやすく
わたしは一日に二度くらい
顔を出すようにしていました。


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母は自分で体の向きも
自由に変えられません。

でも
意識ははっきりしているので
回りの景色を見たりして
気分転換や認知能力を高めるため
電動ベッドの背を上げて
座らせてもらっている時があります。


しかしながら
極たまにですが
頭が徐々に横にずれて
そのまま横倒れになってしまい
母にとってかなりしんどい体勢に
なってしまうことがありました。


体の自由が効かない母は
ナースコールを押すことも
大きな声を出すこともできません。


誰かに見つけてもらうまで
そのまま我慢しているしかないのです。
 

二回くらい
そんな状態の母を
たまたま見つけて
助け起こしたことがありました。


その時、母は
「おまえ、助けに来てくれたんか。
ありがとう。ありがとう。」

泣きそうな顔で言いました。

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もちろん看護師さんは
巡回していてくれて

大部屋だった母の部屋は
状態が落ち着いてきた
高齢の方ばかりでしたが
扉を開け放してあり
看護師さんたちは
通る度々
皆の状態をチェックしてくれてます。


だから
わたしが見つけなくとも
ほんの少し後には
誰かが必ず見つけてくれるはずです。


看護師さんたちは
わたしの顔を見ると
必ず母の様子を教えてくれたり
親身になって話をしてくれます。

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しかも
ここは急性期病院
救急車でどんどん患者さんが運ばれてくる
命の砦の病院です。


お医者さんも看護師さんも
120%の忙しさで
働いていて
これ以上一人一人を
細かく見守ることなんて
不可能な状態です。
限界なのです。


病院も信頼できます。
誰かに文句を言う気なんて
さらさらありません。
 

ただ
「自分が気になってしょうがない」
のです。

「わたしが何とかしてあげなくちゃ。」


この気持ちは
母の介護が終わるまで
わたしを支配し
縛り付けていました。




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母はいろんな事がわかり始め
よく動かない手を見つめてポツンと言いました。


「心配ばっかりしてたから、こうなってしまったんや。」

この言葉は本当に切なかった。



母は長女で、父を亡くし、
とっても苦労した。
しっかり者の母は、
自分の母親と妹達の事を
いつも気にかけ面倒みてきた。


母はとっても厳しい反面
いつもいつも心配して、
できる限りの力になってくれた。

そんな存在は母以外には
いない。


ただ自分の価値観に
合わないことには厳しくて
上から目線で
重すぎることもままあったけれど...

人間完璧な人なんて
いないもんね。


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家族に何か一つでも心配事がある時に
自分が楽しむなんてできない性分

母が本当に楽しそうにしている顔を
わたしはほとんど思い出せないのです。



もはや家族の心配をすることが、
母の人格の一部のように
錯覚していたのかもしれません。



本当は母だって、
みんなの心配をして、
面倒を引き受けるのが
苦痛だったに違いないのです。




母は、その時、

全く甲斐性もなく
しっかり者でもないくせに
心配性の部分だけ似たわたしに
言葉を残してくれたんだ

今は思っています。


「自分を痛めるような
心配はしてはいけない。」

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時間が経て
色んなことが洗い流され

ますますそう感じるように
なりました。





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