実家に戻ってきてみるとすっかりさくらは葉桜に
初夏のさわやかさを楽しもう。
前からお話ししてあった不動産屋さんに連絡して
だいたいの取り壊しの日程を決めました。
少し先になりそうです。
取り壊しの前に中を確認しておかなくては。
わたしはもうかれこれ30年以上祖母の家に足を踏み入れたことがないんですから
いったいどうなっているんだか...
ちょと怖いくらいです。
それに
母から預かっていた鍵が
果たして本当に祖母の家の鍵か?確認しないといけません。
もし、そうだったとしても、
鍵穴がさび付いてしまってちゃんと入らないかも...
主に女子学生さん数人が借りて住んでいてくれました。
あと幼稚園の先生とか、独り身の女の人たちとかかな...
でも、祖母が亡くなってしまった後は
たとえお家賃は安くとも、
もうほとんどこんな昭和な間借りに住みたい人もいなくなり
お貸しするのを止めていたのですが
その後、貸して欲しいという方があり
ほんの数年、誰かにお貸ししていたようです。
それもずいぶん昔のお話し。
私は嫁いで遠くに住んでいたので、全く知らない期間のことです。
....一抹の不安とともに祖母の家に行ってみると...
鍵はあっていて、何とか扉は開きました。
祖母が亡くなってからお貸しするのに手入れをして
全く同じではありませんが...ほとんどわたしが知っている通りの造りでした。
祖母のお部屋の出窓...
ここによじ登って良く座ったものです。
ここにピンク電話が置いてあって
住人の人たちがノックをして公衆電話を借りに来ていました。
スマホ時代の今時の人では信じられないでしょう。
画像加工で復元(笑)してみました...
そう、本当にこんな感じです。
そして共同の台所。
こんな感じのガスコンロとガスの炊飯器が置かれていました。
水道の所は全く変わってません。
ここで何人かのお姉さんたちがお夕飯を作っていた風景の記憶があります。
淋しいのでママレモンたちに登場してもらいましょう。
そして祖母と母の一番下の叔母が一緒に住んでいたお部屋。
押し入れなんかがもうリフォームされて無くなってますが
ほとんどこのまま。
祖母はいつも頼まれて内職で和裁をしていました。
向かって左側に祖父のお仏壇があってその横に和裁台が置いてあって
遊びに行くといつも向こう側に座っていて
老眼鏡をかけて仕事をしていました。
加工してみます(笑)
本当にこんな感じ...
祖母と叔母とのつつましくて静かな生活が蘇ってきます。
自分で加工しておいて(笑)
見ていたら、いろんなことが思い出されて
涙が出てきてしまいました。
祖母は本当におとなしい人で、あまり感情を外に出さないし
(母は誰に似たのかな〜、笑)
控えめなおばあちゃん...そんな感じの人でした。
でも、わたしが長男を生んだときは
本当に喜んでくれて目を細めて笑っていた顏を思い出します。
飽きずにずっと見つめていて
この部屋でミルクをあげたりしてくれました。
祖母の事を思って涙する人も、
今はわたしぐらいしかこの世にいないかもしれません。
おもいっきり泣こうじゃありませんか。
ここを取り壊せばわたしの大きな宿題が一つ終わる。
でも、
祖母とそして認知症を患っている叔母の
思い出の場所が完全に消えてしまうと思うと
とても切ない気持ちになりました。
「全てに終わりはある。」
また一つ実感した日でした。













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