わたしは夏の生まれで
わたしが生まれた日の事を話すとき
母はいつも
「暑い日だった。もう暑くて暑くてたまらなかった。」
わたしが生まれた日の事を話すとき
母はいつも
「暑い日だった。もう暑くて暑くてたまらなかった。」
と本当に憂鬱そうな顔をしているのが常でした。 
母が亡くなってから、初めてめぐってきたわたしの誕生日。
まだ実家にいたので、
その時、なぜか、ふと
「わたしが生まれた時間、夕方6時頃に、わたしが生まれた病院に行ってみよう。」
と思い立ちました。
母子手帳で産院の住所はすぐにわかったけれど
とっくの昔に廃院になっているようでした。
でも、どうせ中に入るつもりもなかったし
どうにもこの思いつきを止めることができず
夕方バスに飛び乗りました。

母は結婚して数年子供ができず
卵管を通す、すごく痛い治療をしたらすぐにわたしができたと言ってました。
母はずっと仕事をしていたので、その時代にしては遅い結婚だっだったうえに
数年子供もできなかったので初産にしては高年齢だったと思います。
わたしはいつの頃からか
わたしが生まれなければ、母は父と別れていたんじゃないかな...
と感じていました。
その方が母は幸せだったかもしれない。
でも、別れてしまっても、良かったのに。
それでもわたしは
ちゃんと母の子供として
しかも、もっと良い子になって
生まれてくるはずだから
大丈夫なのに...という
説明のつかない、不思議な確信を持っていました。
わたしは逆子の上に発育が悪く
そのうえ胎動が無くなってしまったので
大事をとって帝王切開することになりました。
入院中のお針子さんたちの仕事の用意も全てして
入院当日まで仕事をしていたという
母の行動を辿って
母の洋裁店だった所からゆっくりと
ほど近い産院に向かって歩き始めました。
母のお店から大きな通りに出て右に曲がると
昔からあるお店屋さんが続いていて
細い道へと曲がってゆく

もう六時近いというのにこの日もカンカン照りで
ただ歩いているだけでも汗が流れて
顔を上げることもできないほど眩しく
気分が悪くなってしまうほど。
わたしの生まれた日もこんな日だったのだのでしょうか。

忙しすぎる仕事
気を遣うお客様
折り合いの悪い姑
どう考えても良き夫とは言えない父
なぜか動かなくなってしまったお腹の子
容赦なく照りつける夏の太陽の下
母はどんな気持ちでこの道を歩いて産院に向かったのでしょうか。
歩きながら、
その日の母の不安と、耐え難い暑苦しさを
感じ取れる気がしました。
住宅地の中にポツンとあった産婦人科の跡は
庭木がこんもり茂り、小さな森のようで
秘密めいた空間になっていました。
隣にあったはずの建物も取り壊され、広い空き地になっていて。
わたしが生まれた頃とは全く違う雰囲気になっているのでしょう。

奥の木の扉の
その奥に産院があったはず。
灼熱の日
いろんな不安を抱えながら
ずいぶん疲れた体で
母はわたしをここで生んでくれたのかと思うと
申し訳なさが込み上げてきて
ただただ感謝の念に満たされました。
母のことを思う時、
母とわたしという
この世に二つとない
人格の組み合わせ。
誰にも完全には理解できない関係。
でも、この自分の生まれた日時に
抱くことができなかった
「生まれてきて良かった。」
という実感。
この感覚こそが
本当は母とわたしの原点であったはずではなかったのかと
やっと気づくことができました。
眩しすぎる太陽が蔭って
月がぽっかりと浮かび上がってくる...
そこに前からずっとあったものが
やっと銀の光を放つ姿を表した...
そんな風にはっきりと見えてきたのです。

母が亡くなってから、初めてめぐってきたわたしの誕生日。
まだ実家にいたので、
その時、なぜか、ふと
「わたしが生まれた時間、夕方6時頃に、わたしが生まれた病院に行ってみよう。」
と思い立ちました。
母子手帳で産院の住所はすぐにわかったけれど
とっくの昔に廃院になっているようでした。
でも、どうせ中に入るつもりもなかったし
どうにもこの思いつきを止めることができず
夕方バスに飛び乗りました。

母は結婚して数年子供ができず
卵管を通す、すごく痛い治療をしたらすぐにわたしができたと言ってました。
母はずっと仕事をしていたので、その時代にしては遅い結婚だっだったうえに
数年子供もできなかったので初産にしては高年齢だったと思います。
わたしはいつの頃からか
わたしが生まれなければ、母は父と別れていたんじゃないかな...
と感じていました。
その方が母は幸せだったかもしれない。
でも、別れてしまっても、良かったのに。
それでもわたしは
ちゃんと母の子供として
しかも、もっと良い子になって
生まれてくるはずだから
大丈夫なのに...という
説明のつかない、不思議な確信を持っていました。
わたしは逆子の上に発育が悪く
そのうえ胎動が無くなってしまったので
大事をとって帝王切開することになりました。
入院中のお針子さんたちの仕事の用意も全てして
入院当日まで仕事をしていたという
母の行動を辿って
母の洋裁店だった所からゆっくりと
ほど近い産院に向かって歩き始めました。
昔からあるお店屋さんが続いていて
細い道へと曲がってゆく

もう六時近いというのにこの日もカンカン照りで
ただ歩いているだけでも汗が流れて
顔を上げることもできないほど眩しく
気分が悪くなってしまうほど。
わたしの生まれた日もこんな日だったのだのでしょうか。

忙しすぎる仕事
気を遣うお客様
折り合いの悪い姑
どう考えても良き夫とは言えない父
なぜか動かなくなってしまったお腹の子
母はどんな気持ちでこの道を歩いて産院に向かったのでしょうか。
歩きながら、
その日の母の不安と、耐え難い暑苦しさを
感じ取れる気がしました。
住宅地の中にポツンとあった産婦人科の跡は
庭木がこんもり茂り、小さな森のようで
秘密めいた空間になっていました。
隣にあったはずの建物も取り壊され、広い空き地になっていて。
わたしが生まれた頃とは全く違う雰囲気になっているのでしょう。

奥の木の扉の
その奥に産院があったはず。
灼熱の日
いろんな不安を抱えながら
ずいぶん疲れた体で
母はわたしをここで生んでくれたのかと思うと
申し訳なさが込み上げてきて
ただただ感謝の念に満たされました。
母のことを思う時、
わたしのことを世界で一番愛してくれてありがとう 。
大切に思ってくれてありがとう。
大切に思ってくれてありがとう。
と言う深い感謝の念と
どうしてわたしを 自分の思い通りにしようとしたの?
どうしてわたしを脅すようなことばかり言うの?
どうしてわたしを脅すようなことばかり言うの?
と言う 恨みにも似た重圧感。
その二つの感情が
半分半分くらいの割合で沸き起こってきます。
母とわたしという
この世に二つとない
人格の組み合わせ。
誰にも完全には理解できない関係。
でも、この自分の生まれた日時に
産院の前に佇んだ瞬間、
わたしのいろんな感情は全て拭い去られ
ただ「生んでくれてありがとう。」という
一つの思いに辿り着きました。
母を亡くしたこの年齢まで抱くことができなかった
「生まれてきて良かった。」
という実感。
この感覚こそが
本当は母とわたしの原点であったはずではなかったのかと
やっと気づくことができました。
眩しすぎる太陽が蔭って
月がぽっかりと浮かび上がってくる...
そこに前からずっとあったものが
やっと銀の光を放つ姿を表した...
そんな風にはっきりと見えてきたのです。









コメント
コメント一覧 (6)
まるで短編映画を見ているようにブログに魅了されました
産まれた病院を訪ねたいという衝動
そしてそこからお母さんに対する感謝な思いに満たされたのですね
私も両親に対して複雑な思いがありますが、
時間の経過と共に感謝な思いが深まりつつあります
ゆりえさん、
こうして過去を振り返りながらその思いを確認することが出来て良かったですね
お母さまも天国でお気持ちを受けとってくださっていると思います
お誕生日おめでとう🎂
つたない記事
読んでいただいてありがとうございます。
m(__)m嬉しいで~す。
そして少しでも共感していただける部分があったら
ますます嬉しいです^^
母が生きている頃、私は
母の手に私の魂をギュギュと捕まれていたような気がしますが
亡くなった今は
母の手のひらの上に私の魂がちょこんと乗っかっているような感じになりました(笑)
わたしにとって父は影が薄いように感じていたのですが、
実は母を通して色濃く残っている気もしてきて...
今まで気づかなかった色んなことが
昭和レトロにはまだまだ秘められているのかもしれません(´▽`*)
心にしみるステキな記事でした。
私も今、母への重苦しかった気持ちが日々変化しています。
なぜあんなに執着されてたのだろう・・支配されてたのだろう・・
いろいろ思いめぐらして、少しだけ答えが出てきました。
娘の幸せを願うあまり、自分の信じる幸せの形に執着し
本当は娘を「信じて」手放さなければいけないところを
「不安」でそれが出来なかった・・。というところではないかと。。
というのも、先日テレビドラマですけど、
「愛するより信じることの方が難しい」
と言うセリフがありました。
それを聞いてハッとしたんです、私。
私はまだ母が健在ので、生きているうちに
もっと母を理解していきたいと思ってます。
ゆりえさんの記事に母への新たな思いがまた湧きあがりました。
ありがとう!!
ありがとうございます。
読んでいただけて、そしてコメントいただけて嬉しいです(*´∀`)
徐々にわたしの中の母へのこだわりが溶けていくような気がしてます。
れもんさん
本当にそうですね。
母は苦労してきた人なので、世間のいろんな苦難がわかりすぎて
ますますわたしを頼りなく思えたのでしょうね。
(確かに頼りない点多し~笑)
自分の基準でわたしを守って幸せにしようとしたんですね。
現実、わたしは性格上、立場上、母に取りつかれて、支配されていた気がしてます。
愛するより信じる方が難しい...
本当にその通りですね。
愛する事は何なら自分一人でもできるかも?(笑)
でも、信じるのは相手の心や行動なので
自分じゃないから大変(^_^;)
神様に任せて手放す潔さを持つしかないんかな~?
子供を持って母の気持ちがジンジンわかる時があって泣けてきます(笑)
れもんさん♪
お母様が健在で、
色んなことを模索して、客観的に見られるようになってとっても素敵です♥
これからもれもんさんとお母様に
楽しい時間がたくさんありますように
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
なんでしょうね。
私もゆりえさんと同じ気持ちを母に対して抱いているからでしょうか。
母と娘って皆何かしら複雑な思いを持っているものなのかなと思ってみたり。
そんな複雑な内面をなんとも言えない素敵な言葉にできるゆりえさんも素敵。
うまく表現できないんですが、何かコメントせずにはいられませんでした。
私の母はまだ生きていてくれます。生きているうちに、もっと私の気持ちをぶつけていこうと思います。
読んでいただけで、そしてコメントいただけて
とっても嬉しいです(^v^)
ありがとうございます。
わたしはお母さんのことを心から大好きな人が
(もしかしたらそう見えていただけかもしれませんが)
ずっと羨ましくてまりませんでした。
母にこんな複雑な思いを抱いている自分がすごく嫌いでした。
この頃、少しづつ母への想いが自分の中で
整理されてきました。
生き物としての運命の始まりともいえる
母子関係^^
同じものは二つとありません。
でも、命をもらった、ってことだけは同じかな?
わたしはやっとその事に感謝することができました。
この歳になって、母も亡くなって
やっとです。遅。(笑)
つぐみさん、お母さまがご健在とのこと。
お母さまとの素敵な思い出が
一つづつ増えていきますように♥
娘でいられる時間を楽しんでください(´▽`*)